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8年間勤めた会社を退職するまでと今思うことについて

 昨年2018年9月末付で、約8年間勤めていた会社を退職した。

 

入社から退職まで本当にいろんなことがあって、特に最後の1か月間は、激動だった。

自分がどんなことを思って、どんな変調やきっかけがあり、どんなふうに考えが変わって、どうやって今にたどり着いたのか、2018年を振り返っている際に「一度まとめて残してみたいな」と思ったので、ようやくそのまとめ作業に着手することにした。

特に何かのお役立ち記事とかではなくて、いやぁこんなことがあったんですよ~、というひとつの情報として残そうと思っている。

これを読み返した未来の自分が楽しかったり、欲を言えば、当時の私と同じ境遇の人にとって、何かを思ったりするなど何かしらのきっかけになったりしたら良いなーと、思っている。

 

入社~3年目

photoshopillustrator等の作業が好きだったのと、当時は人と関わることにあまり積極的ではなかったので、PCに向かって黙々と作業する職人的な業務を望んでいた。

しかし実務経験ゼロであった為、いずれはその道へのチャンスがありそうな業種の、事務的軽作業職についた。

とにかく淡々と、もくもくと仕事に通う。

病み上がりだったのでパートから入ったが、がんばりが認められて2年目くらいで契約社員にしてもらえた。

3年目くらいに、念願のPCに向かって黙々と作業する系の業務についたが、実際やってみると、人とほとんど関わることなく一日が終わることにとても退屈に感じ、自分としては意外なことにまったく合っていないことがわかった。

3年目の最後くらいに上司の引立てもあり、現場グループから、受発注・計上・請求等を担うグループへ移った。

そしてまさかの、会社がお引越しすることが判明する。

 

4年目

会社引っ越しに伴い、通勤時間が30分増える。

職場自体も、古い校舎みたいな建屋に移ってしまい、物理的環境レベルがガタッと落ちるも、今でも大好きな元上司に出会い、同僚にも恵まれ、忙しいながらもとても笑いの絶えない楽しい毎日を送っていた。

自分の業務自体にもやりがいを感じ、自分なりにいろいろ考えて、いろいろ努力していたので、それなりに評価されるようになってきていた。

この時期は朝早くから夜遅くまで、はたまた休日までも会社にいるほど、よく働いた。

そのため、休みの日はほとんどベッドに沈んでいたが、月曜日になっても「会社に行きたくない」と思うことはまったくなかった。

しかし、本当にこのままでいいのかな?という思いが脳裏をよぎることもあったが、特に他にやりたいこともなかった為、これといった動きもせずに、その思いは日々に埋没して、気づいた時には忘れている程度だった。

4年目の終わりくらいに、契約社員から正規雇用とほとんど変わらない契約内容にしてもらえたが、それでも有期雇用者のままであった。

でも、がんばっていずれは正規雇用してもらい、管理職を目指そう、と思っていた。

 

5年目~7年目

担当変更命令が下り、全く知識のない業務の受付窓口として、しかも駐在員としてたった一人他部署に送られることになる。

かなり不安で心細く、そして初っ端に一人で放り出されたストレスで胃腸炎になったりもしたが、やがて1年も経たないうちに勝手がわかってきて、常に上司の目が無い自由を満喫し始めたので、人間はたくましい。

しかし5年目中盤あたりから仕事へのモチベーションが目に見えて下がり始めてくる。

正規雇用者でありながらヘタな正規雇用者よりもきちんと会社に貢献している自負があったので、会社はなぜ私に投資しないんだ!という思いが芽生え、次第に無視できないほどに膨らんできていた。

しかし、周りにいやな人もいないし、自分を評価してくれる人はたくさんいるし、むしろ人には恵まれているし、仕事もそんなにつらくはなくて、福利厚生だけはしっかりしていたので、こんな好環境はなかなか無いよな…と、転職にはいまいち踏み切れなかった。

それに、やりたいことがあれば別だけど、そうじゃないまま職を変えたって、結局どこへ行っても同じことを繰り返しそう、という不安もあったのだった。

 

8年目~退職

駐在先から本拠地へ戻るよう、そしてまた違う業務を担当をするよう命令が下る。

今の業務を手放せることは嬉しかったが、本拠地へ戻ること、そして新たに担当する業務内容にまったく魅力を感じず、気分が乗らずモチベーションは下がる一方だった。

本拠地へ戻ると、業務や環境変化等のいろいろなストレスで、毎日具合がわるくなる。

しかしそれは平日だけで、休日になるととても元気になり、日曜日の夜になるとまた具合がわるくなる、完全に会社行きたくない病であった。

上司は今までの私の経歴や経験を見込んでそこに配置し、かつ上に推薦するために注目されやすい場所へ呼び寄せた、と言っていたが、その言葉をどうも信じられず、徐々に「これってわたしじゃなくてもいい仕事だよな」と「自分がやるべき仕事」として実感もできなくなっていった。

それで気が付いたのは、自分の心が今の会社からだいぶ離れていること。

その時の自分の気持ちや状況を的確に表現する言葉は「最初は大好きだったが次第に気持ちが冷めていき、今では好きでもない人と付き合っている気分」だった。

もしそれが恋愛であれば、もう別れるしか道がないと思うし、わたしがそんな相談を受けたなら、絶対「別れたほうが良いよ!」ってアドバイスすると思う。

 

そして、もう一つ大きな変化があって、自分の中にあった仕事に対するが概念が変わったこと。

それまで仕事といえば「仕事=絶対的な義務。すべきこと。我慢」という、堅くて息苦しいような概念があった。

しかし、尊敬している先生からの「仕事=???」のイコールの先は、自分の縛られた概念に気づけたのならいくらでも変えられるし、自分で自由に決めていいという教えには、目が覚めるような思いがした。

そして対話の中で得た、自分が「仕事=自己表現」であることを望んでいることへの気づき。

実際に、自己表現として仕事をしている人たちとの出会いにも恵まれて、わたしもそっち側に行きたい!と本当に強く思った。

それが大きなきっかけとなって、今一番夢中になれることに関する資格が取れる学校に通う、そんな未来があっても良いんじゃないか…という思いが浮かび、思い切って9月に学校見学の予約を取ってみたりしていた。

 

それでも具体的に、学校入学や退職を決意したわけでもなく、そのままいやいやながらも仕事を続けて迎えた8月末。

ついに会社に行くのが本当にイヤになってしまった。

前日、朝起きた時点で「もう無理」な状態になっていたので、その日はすんなりとお休みをし回復をはかったつもりだった。

その翌日、なんとか朝起きて、ウーッと唸りながらお化粧をして、リビングに降りるも、でもなんかつらくて「会社に行きたくない」けどそのまま会社を休む自分を想像すると「でも会社も休むこともしたくない」と、何がどうすれば良いのか八方ふさがりでどこにも逃げ場がないような気持ちになり、よくわからないけど涙と鼻水も止まらなくなった。

家を出るいつもの時間になったので、とりあえず出ようと立ち上がるも、クラクラめまいはするし、座っているとだんだんと体が重くなって、気持ち悪くなってくるしで、結局1時間くらい呆然と座っていた。

 

なんか突然、心が折れてしまった。

その時自分ではそう思っていたが、自分が気が付いていないだけで、いろいろなものが蓄積して、ぎりぎりまで耐えていたものが大きく軋んで、ついには決壊した結果なのだと思う。

その証拠に、この心身の変調は、うつ時代の入り口に酷似していた。

 

もう潮時なのかもしれない。

心が、会社を辞めることを切に望んでいるのかも、そう考えたら少し楽になった。

もうこれ以上、自分の望まないことをがんばらないこと、何も決めないまま仕事を辞めること、それらを自分に許してあげても良いのかも…と次第に思えてきて、自分優先、元気を無くしたらそれこそまた何年も何もできなくなるんだ…と自分に言い聞かせた。

ここでこんな風に自分の気持ちを認めて、すぐに切り替えられたことは、うつ時代の経験があったからこそであって、本当に無駄な経験なんてひとつもないんだなぁ、とあの時の自分が報われた気がした。

 

そして退職届を出して、学校見学をして入学の意思を固め、引き継ぎをして、有給消化をし、学校入試を受け、無理だと思っていた翌月入学が決まり、正式に退職するまで、何もかもが怒涛のように決まって、終わって、また始まっていった。

 

退職を決意する前は、何をどうするかどうしたいか今は何もわからないけど、決まるときは一気にガッと決まるものなんだよね、と自分を励ます意味も込めてよくそう言っていたが、本当にまさにその通りだった。

 

退職してみて思うこと

 一般的にかなり思い切ったことをしたので、たまに「後悔はないのか?」と聞かれることがあるのだが、もちろん、後悔はない。

あのまま仕事を続けてあの会社に通う未来に喜びをまったく感じとれないし、今のように元気な自分ではいられなかったと思うので、そんな「もしも」はむしろ想像したくない。

もちろん、やりたいことやこれからやることがふんわりしている事への不安はあるが、自分を大切にできたこと、今ここにいることを、とてもうれしく思っている。

そして、わたしのした選択を、思っていた以上に肯定してくれて、それをあたたかく見守って、サポートくれる人たちがいること。

そんな幸福にもあらためて気が付くことができた。

その恩返しともいえる周囲への大きな貢献はまだできないが、自分が選んだ今、そしてこの先選ぶ道を心から肯定し、満たされ、幸福であること、それらがまず自分にできることではないかと思っている。